2017/01/16    12:00

​「嵐の中の沖縄の旅」 <普天間飛行場編>  受けて立つ!歴史戦2

昨年の八月、台風に見舞われる沖縄を個人的に2泊3日の日程で訪れました。目的は、修学旅行引率前に沖縄の実状を少しでも把握することでした。「反日・反米」の平和教育の悪影響を少しでも減じるために、基地反対運動の現実や現地の人々の考えを知りたいと思いました。

那覇空港に着くと、台風の気配はありましたが、まだ風雨は激しくありませんでした。嘉数高地で知人と落ち合い案内をしてもらいました。そのころには暴風雨に見舞われ、ずぶぬれになりながらの見学になりました。嘉数高地の天辺から普天間飛行場を遠望し、その後、旧日本軍の構築したトーチカや慰霊碑の数々を案内してもらいました。知人の案内で、沖縄戦における日本軍の緻密な作戦と、強い精神力による戦いぶりに感心すると同時に、数多くの方が国を守るために戦死されたことに感謝の念が湧いてきました。

次に浦添市の琉球国中山王陵「浦添ようどれ」を案内してもらいました。沖縄戦で破壊されましたが近年復元されたものです。また、高台にあるため見晴らしがよく、沖縄戦における日米両軍の戦いの推移についても解説してもらえました。聞けば当時、沖縄県外からも多くの兵士(ほとんどが職業軍人ではなく一般の人々)が沖縄戦に参戦しています。彼らは、沖縄県と、その県民を守るために戦い、多くの方が戦死されました。

沖縄の「平和祈念資料館」や日本中で行われる沖縄戦をめぐる「平和教育」では、「沖縄県民は内地の犠牲にされた。捨て石となった」との一方的認識から語られます。この認識は沖縄県外から来て沖縄で戦死した元日本兵の皆様や、そのご遺族の方々に対して大変失礼であると考えます。

さて、その後普天間飛行場に向かいました。隣接する普天間第二小学校に向かいました。同小学校は飛行場のフェンスに隣接し、米軍機が小学校のグランドや校舎すれすれに離発着します。その「絵」は新聞やTVニュースなどのメディアに用いられ、「小学生がこんなに危険な状態に置かれている」というようなスタンスで報じられます。「子供たちが犠牲になっている」と基地反対派は主張します。それほど危険な状況であるために、普天間飛行場から1kmほど離れた米軍関係の土地が、小学校の移設候補地となり1988年から翌年にかけて、地元住民から移設運動がおこりました。これで小学生も安心して学校生活を送れると思われました。しかし、基地反対の市民団体などに「移転せずに現在の場所で改築すべきだ」と反対され、移転構想はストップしました。小学生の安全よりも、基地反対のための象徴とし続けるために現状維持を「よし」としたのです。基地反対派は「子供たちを犠牲に」し続けたのです。こんな経緯があったのでこの小学校を訪ねました。

私は外観の写真を撮り、正門を少し入り眺めていました。すると、「何をやっているんだ。勝手に入っちゃダメじゃないか!」と警備員さんに怒鳴られました。私はお詫びをしながら、警備員さんに「周辺住民の方々の基地への思いを知りたくて来た」と伝えました。案内役の知人の執成しもあり、警備員さんは“インタビュー”を了解しました。(つづく)

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