2016/06/06    08:00

「増税できる経済環境を整える」という言葉の罠

安倍晋三首相が10%への消費税率の引き上げを2019年10月まで延期すると決定したことを受けて、各紙の社説では「増税できる経済環境を整えることができなかった」という解説文句が踊った。
 
2012年に民主・自民・公明の三党が、社会保障改革を理由に消費税率の引き上げを決めたとき以来、この「増税できる経済環境を整える」という言葉が様々な場所で使われ、今ではすっかり経済政策を語るための言葉として(少なくともマスコミの世界では)定着したかの感がある。
 
だが、考えれば考えるほど、不思議な言葉だ。「増税できる経済環境を整える」と言えば、当面の政府の経済政策の目的は、「増税できるくらいまで景気を良くすること」ということになる。つまり、景気を良くすることの目的は、国民が豊かになるためではなく、政府が増税するためという意味だ。「増税のための経済政策」というのは、本末転倒ではないのか。
 
「増税のために景気を良くしましょう」と言われて、気前よく、物を買おうとするような国民は、果たしてどれだけいるだろうか。アベノミクスの第一の矢である金融緩和を支えたリフレ派の考え方によれば、「経済は期待によって動く」。だとすれば、「景気が良くなったら増税する」と政府が言い続けていれば、国民は明るい見通しの持ちようがない。それでは、景気がフルスケールで上向くこともないだろう。
 
もっとも、消費増税は「増税のための増税」ではなく、社会保障のための財源を確保して、結果として国民の豊かな暮らしを実現するために行うものだという説明はあり得る。あるいは、「財政再建のため」と言われれば、1千兆円を超える政府の借金を前にして、思わず納得してしまいそうにもなる。しかし、社会保障や財政再建のためとはいっても、増税のための景気対策や増税後の景気対策と称して政府が大盤振る舞いするのを見れば、政府の言葉をどうやって信じればいいのだろうか。
 
今回、安倍首相が決断した消費税の増税延期については、「約束破り」という声が聞かれる。前回、10%への増税を見送った際に、「再度の延期はない」と首相が断言していたからだ。しかし、より大きな問題は、そもそも、増税か否かが総選挙で国民に問われたことがあったのかという点だ。
 
民主と自民という当時の二大政党が談合して消費税増税に賛成してしまったために、過去2回の衆院選で、「増税反対」や「減税」といった選択肢がリアリティをもって国民に問われたことはなかった。これでは、いくら「約束」と言っても、国民の判断が示されていない以上、言葉遊びに過ぎなくなってしまう。
 
また、今回の増税延期で増税と政局とを切り離すという、一体改革の意義が失われてしまったという論評もある。だが、税金を集めてその使い方を決めることは、権力の源泉であり、チェックすべき最大の政府権力と言える。「増税を政局にしない」ということは、増税と選挙を切り離すという意味にもなるから、その「一体改革の意義」に則れば、国民は増税について選挙で判断をくだすことはできないということになってしまう。これは果たして、民主主義と呼べるのだろうか。
 
そしてまた、「権力の監視役」を任じているはずのマスメディアまでもが、増税したい政府の片棒を担ぎ、「増税と政局を切り離す」ことが大事だと堂々と論じている。この国はまるで、得体のしれない何者かに支配されてしまっているかのようだ。

「増税できる経済環境を整える」という言葉が躍り続ける限り、この国には、真っ当な経済政策も、景気回復も、財政再建も、建設的なメディアも、自由も、民主主義も、健全な権力の監視も、実現のしようがないとさえ思えてくる。たとえこの言葉が今年の流行語大賞をもし仮に取ったとしても、気休め以外のものにはならない。

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