2015/01/24    13:00

ヘンリー・フォードの経営思想

ヘンリー・フォードの経営思想について書いてみたいと思います。フォード(1863-1947)はフォード・モーターの創始者であり、アメリカの“自動車王”と呼ばれています。世界で初めてベルトコンベアによる大量生産方式を確立するなど、当時、高価な乗り物だった自動車を労働者にも買える価格で提供することを実現し、その代表であるT型フォードは累計1500万台以上も売り上げ、アメリカの大衆に自動車を普及させました。このため「カール・ベンツが自動車の産みの親であるなら、自動車の育ての親はヘンリー・フォードである」と言われることもあります。  

フォードの生い立ち

フォードは1863年ミシガン州の田舎町ディアボーンの貧しい農家に長男として生まれました。彼自身はあまり農作業を好まなかったようで、小さい頃からすでに発明についての天才性を発揮していたようです。少年期には、父からもらった懐中時計を分解して組み立てなおし、その仕組みを理解すると、その後どんな時計でも修理してしまったといいます。また当時発明された無軌道蒸気車に衝撃を受けたりしました。フォードは16歳まで自宅裏のコーン畑の小さな掘立小屋で機械いじりをしていましたが、一念発起して車輛工場の見習い工になりました。しかしここでは6日で解雇されています。その理由は先輩の熟練工が修理できずに手こずっていた機械類をフォードが苦も無く直してしまい、先輩工に恥をかかせてしまったためでした。その後、父の口利きで真鍮工場に勤めましたが、ここも6ヵ月で辞めています。理由は「ここではもう覚えることがない」というものでした。その後、造船所にも勤めますが、ここでも「覚えることがなくなった」と2年で辞めてしまっています。  
 

フォード・モーター設立まで

フォードは28歳の時、発明家として有名なトーマス・エジソンのデトロイト工場で技師になりました。彼は仕事の合間を縫ってエンジンの開発に没頭し、1899年にデトロイト自動車会社を設立しました。設立にあたりフォードは「私は大衆のために自動車を作るのです。最もシンプルな設計で、ベストの材料を使うことによって、価格は大変安くなるでしょう。賃金が安い人たちでも購入できるようにして、家族でドライブしたり、外出することを楽しんでもらいたいのです」と明言しています。その後、残念ながら設立した会社は21台の自動車を製造しただけで倒産してしまいます。しかしフォードはこれに懲りずに再起し、1903年に有名なフォード・モーターが誕生しました。実は彼がT型フォードで大成功を収めるまでには、7度の失敗と5度の破産があったと言われています。その途中では、共同経営者との意見の食い違いや、方針の相違などもあったようです。これは彼の「大衆車を量産する」という透徹したビジョンに対する異常なまでのこだわりからくるものでした。 
 

T型フォード

「誰でも買える安い自動車」を作るために、それまでの熟練工による手作業から、分業化した流れ作業による大量生産方式を考案しました。1908年に発売した「T型フォード」は、他社平均が2000ドル前後の中、850ドルという破格で販売され、爆発的な人気を集めました。発売後6カ月で2500台も売れたといいます。フォードはその後も絶え間なく生産工程の改善やコストの削減を続け、1913年には世界初のベルトコンベアを導入します。このような「価格を下げる」ための革新的な努力により、T型フォードの生産台数は1920年までに100万台を突破します。その頃には一台290ドルという、フォードの夢であった「大衆・労働者が購入できる安さ」を実現しました。1927年に生産を中止するまでの約20年間、生産台数1500万台を突破する驚異的な記録を残しています。最盛期には全米の自動車の半分がフォード社製となるまでの広がりをみせました。 
  

奉仕の精神

フォードの性格は極端と言えば極端です。彼がT型フォードを爆発的にヒットさせるまで、誰も彼のビジョンを本当には理解できなかったのではないでしょうか。それらを目の当たりにしてはじめて「ああ、彼の言っていたことは、このことだったのだ」と思ったことでしょう。「大きな事業とは財力ではなく、奉仕の力の大きさで決まる」(『ヘンリー・フォードの軌跡』) この言葉のように、フォードの著作には「奉仕」という言葉が数多く使われます。フォードはこの奉仕の精神を実現するために経営方針に限らず、人生そのものの方針を徹底しています。安価な製品を大量生産しつつ労働者の高賃金を維持するという考えは「フォーディズム」という経営思想と呼ばれるようになりました。フォーディズムの核心は、社会(一般大衆)に対しては、安い製品を提供するという「奉仕の精神」をもち、労働者に対しては高い賃金を支払う「賃金動機」をもって経営にあたる点にあります。そしてフォードが73歳の頃、彼は世界最大規模のフォード財団を創設したことで、彼の奉仕の精神が結実させています。このことからもフォードがいかに「奉仕の精神」を人生哲学としていたかがうかがわれます。
  

賃金動機  

一般に企業は利潤(利益)を求めて活動すると考えられます。しかしフォードによると、利潤を追及する「利潤動機」は一部の会社所有者や経営者が、自分たちの個人的な資産や富を増やすことを動機としており、その利益を大衆(労働者)に還元していません。この点で「利潤動機」はフォードの考える社会的奉仕の精神に反した考え方であるといいます。それに対して、労働者に高い賃金を支払う「賃金動機」は労働者の生活水準を向上させ、雇用の増大に繋がることから企業本来の社会的な存在根拠を示すものであると考えていました。ただし、フォードは利潤追求を否定してはいません。それは彼が「経営は利潤を得て運営されなければならない。さもないと経営は死滅する」と言っていることでわかります。フォードは、ドラッカーの「利益は発展のためのコストである」という考えによく似た思想をすでに持っていました。「利潤そのものは悪ではない。しかし奉仕の精神という目的を忘れたときに間違いとなる」「利潤は企業の最低条件であって目的ではない」という考え方です。
  

余暇の創造こそ産業の使命

実際に、フォードは1913年から毎年、自動車1台あたり60ドルの値下げを断行していますが、そのような状況で、1914年に最低賃金を日給2ドルから5ドルに引き上げています。日給2ドルは当時のパッカードの日給より20%も高い賃金です。これを5ドルに引き上げることでフォードはアメリカ中の資本家たちを敵に回したと言っても良いほどの攻撃を受けました。当時のニューヨーク・タイムスは「デトロイトのヘンリー・フォードという田舎者は気違いじゃないのか!1日5ドルだなんて、これは産業革命どころか、アメリカの資本主義社会を破壊しようとするデトロイト・モンスターの由々しき陰謀である!」などと非難しました。しかし「$5.00 A・DAY」の発表翌日、新聞を読んだ数千名の群衆はフォード・モーターの正門前に殺到したのです。その数日後には、全米各地から職を求めてやってきた人々が1万2000人規模に膨らみ、正門前で警察官と衝突を起こすほどでした。
  
このフォードの経営方針により、高い賃金をもらった労働者たちは、その賃金でフォードの安価なT型自動車を買うことができるようになりました。こうして労働者の収入が増えることで自動車の需要が増え、この需要を革新的な大量生産で、さらに自動車の製造コストを下げました。結果、自動車の価格がさらに下がり、自動車が売れます。このような富の循環が起き一部の金持ちの贅沢品であった自動車がアメリカでは大衆向けに大量生産される商品となったのです。当時、大半の人々は生まれた家から半径100km以内で一生を終え、旅行も金持ちの特権の一つに過ぎませんでした。しかし自動車が普及すると、人々は家族で郊外にピクニックを楽しむようになったと言われています。さらに郊外に大きな家を建てて都心に勤務するという中流階級のライフスタイルが広まり、アメリカ人の生活圏は広がり、ライフスタイルを変えることに繋がったのです。

  

フォードと徳

歴史的に「徳がある」と言われる偉人には、生物界の法則に反する生き方をした方々が多くいます。「普通の人だったら、損であるからしない」というようなことをするタイプの方です。例をあげるならば吉田松陰がそうでしょう。罪になると知りながら黒船に乗り込み海外渡航を計画し、最後は死罪になっています。またソクラテスは「真理のために死ぬことのほうが、生きることよりも尊い場合がある」という人間としては困難をともなう論理を自ら実践してみせることで、後世までその徳が輝きを放っています。フォードの場合「金持ちしか乗れなかった自動車を、自分の会社の労働者でも乗れるようにしたい」と願い、長い試行錯誤と失敗の果てに、ついに低価格と高賃金という相矛盾した願いを実現しました。T型フォード全盛の後、大衆の嗜好性が多様化し、自動車に様々なモデルや色が求められる時代が来た時にフォードはGMのスローンに敗れます。しかし「スローンを知らなくともフォードは知っている」という人の方が多いのは、このフォードの奉仕の精神からくる「徳」によるものだと筆者は思います。やはり「自動車王」の名に相応しいのは「ヘンリー・フォード」なのです。
 
  
フォードの経営思想はいま見ても斬新です。「会社は株主のものである」という「利潤動機」からくる発想は、現在でも主流です。そんな中でフォードの考えた「賃金動機」にもとづく「愛や奉仕」の経営思想を「革新的で合理的」な思想をもあわせもって実行することは、天才性と勇気、そして忍耐が必要です。実際、この経営法で成功する経営者の数は極めて少ないでしょう。このような困難な目的であっても、フォードの目には「経営とは大衆への奉仕である」というビジョンが明確に見えており、それがゆるぎない信念となっていました。筆者はまさにフォードは「使命」に生きた偉人であると思っています。
 
 
フォードは筆者が尊敬する経営者のひとりであり、その84年の生涯はさまざまなトピックに溢れています。このため今回のブログだけでお伝えできないものについては、また別の機会に書いてみたいと思っています。そして筆者も、現状に流されることなく自らのビジョンを忠実に実行したフォードに少しでも近づきたいと願っています。
 
以下、フォードの残した興味深い名言をご紹介します。

Whether you believe you can do a thing or not, you are right.
 
あなたが「できる」と思えばできる。「できない」と思えばできない。どちらにしてもあなたが思ったことは正しい
 
 
 
There is one rule for the industrialist and that is: Make the best quality of goods possible at the lowest cost possible, paying the highest wages possible.
 
実業家が目指す所は一つ:高品質、低価格、高賃金だ
 
 
 
The highest use of capital is not to make more money, but to make money do more for the betterment of life.
 
資本の真の使い方は、お金を増やすことではない。お金を増やして、生活を向上することだ
 
 
 
The competitor to be feared is one who never bothers about you at all, but goes on making his own business better all the time.
 
恐るべき競争相手とは、あなたのことをまったく気になどかけず、自分の仕事を常に向上させ続けるような人間のことだ
 
 
 
Old men are always advising young men to save money. That is bad advice. Don’t save every nickel. Invest in yourself. I never saved a dollar until I was 40 years old.
 
年寄りは若い者に貯金をしろと言うが、それはまちがっている。最後の一銭まで貯めようなどと考えたらいけない。自分に投資しなさい。私は40歳になるまで、1ドルたりとも貯金したことなどなかった

※ 出典:『藁のハンドル』 (ヘンリー・フォード著、中公文庫)、『20世紀の巨人産業家ヘンリー・フォードの軌跡』(ヘンリー・フォード著、創英社/三省堂書店)、『デトロイト・モンスター』(大森実著、講談社)

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