2016/02/14    08:00

移民排斥と民主主義とマスコミ

アメリカの大統領選で快走する共和党のドナルド・トランプ氏を筆頭に、「ポピュリスト」旋風が、各国で論争を引き起こしている。シリアからの難民が大量に流入していることもあって、ヨーロッパでは移民排斥を訴える“極右”政党が台頭。フランスでは国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン氏が、2017年の大統領選での有力候補になると目されている。日本も例外ではなく、移民に強硬に反対する一定の世論がある。
 
このことについて考えてみたい。
 
こうした政党や候補者の台頭に対して、マスコミは「ヒトラーの再来」や「極右」、「排外主義」といったレッテルを貼って、彼らの意見を封じ込めようとする。世界的にそうだし、日本でも同様だ。しかし一方で見逃せないのは、「極端」と見られる意見を述べる彼らもまた、一定の国民の支持を集めているのであり、彼らを門前払いすることはその背後にいる支持者の意見も無視することであるということだ。
 
ポピュリストは悪いことのように言われるが、そもそも民主主義は国民の意見が政治をつくる仕組みであり、政治家は誰もが程度の差はあれポピュリストにならざるを得ない。結局のところ、誰が支持をしているのかという違いに過ぎない。嘘やデマカセで人々を扇動することは間違いだが、特定の候補に「ポピュリスト」というレッテルを貼って済ましてしまうなら、それは国民の意見を「聞くべきもの」と「聞く必要のないもの」にあらかじめ分けていることになってしまう。それでは本当に、民主主義と言えるだろうか。
 
こうした点について、フィンランドの元国会議員であるリスト・ペンティラ氏は、9日付のフィナンシャル・タイムズ紙(電子版)への寄稿で次のように述べている。

今日のヨーロッパの政治の中心的な矛盾は次のようなものだ。片一方では、各国は、まったく異なる政治の価値観を持つことの多いヨーロッパ域外からの移民を、社会に溶け込ませようとする。しかし他方では、政治家たちは同じ理由で、かなりの数の自国民を排斥しているのだ。私たちは難民を歓迎する一方で、一部の同胞たちに黙れと言っている。(中略)
 
反対派を悪魔のように言うのは、使い古された戦略である。30年戦争の際には、敵味方の両方が使った。冷戦でも再び使われた。そして、それが今また使われている。
 
ポピュリズムの脅威に対する解決策は、外国嫌いの人たちに同意しているふりをすることではない。むしろ、私たちは彼らを、政治のプロセスに迎え入れるべきだ。彼らがオープンな民主主義社会のルールに則っている限り、私たちは彼らと関わり合わなければならない。彼らが一線を超えるなら、私たちは彼らを選挙で打ち負かすべきだ。それが、ヨーロッパの民主主義の本質だろう。

ひっきりなしにニュースとオピニオンが流れるメディアのサイクルに巻き込まれ、私たちは、関心を引くための見出しづくりとレッテル貼りの繰り返しに慣れてしまっていないだろうか。「ポピュリスト」「極右」「ヒトラー」「強硬派」と簡単なレッテルを貼るたびに、民主主義にとってもっとも大切な多様な意見の存在を、脅かしてしまうこともある。それをもし「民主主義の守り手」を名乗るマスコミが行っているなら、本当に民主主義を守るのは私たち国民の良識でしかないのだろう。

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