2016/12/11    12:13

自由の擁護者――あるイギリス人の生涯

今回の記事では、シンクタンク(Think-Tank)という摩訶不思議な組織について、ある一人のイギリス人の生涯から書いていきたいと思います。

シンクタンクほど、日本で誤解されている組織も少ないと思います。

私は2012年に戦略問題研究所(Nippon Strategic Affairs Institute, NSAI)を設立して活動していますが、海外のシンクタンクに倣った形で設立して運営しています。戦略問題研究所は政府やあらゆる団体から独立し、政策や成果物等を売るということもしない、純粋な研究・広報の団体として、設立以来4年、地道に活動しています。

私は、これから紹介する人の生涯に感銘を受けて、シンクタンクの事業を始めたのです。

 

■アンソニー・フィッシャー卿の生涯


アンソニー・フィッシャー卿(Sir Antony Fisher 1915-1988)は、イギリスの実業家です。

ジェラルド・フロストによるアンソニー・フィッシャー卿の自伝


彼は2歳の時に軍人であった父をガザにおいてドイツ軍の狙撃によって失います。

イートン校、ケンブリッジ大学を経て、第二次世界大戦に至りイギリス空軍のパイロットとしてバトル・オブ・ブリテンを戦いますが、ここでパイロットであった弟であるバージルをドイツ軍機の攻撃によって失います。

彼の最大の転機になったのは、戦後の1945年7月、LSEで教鞭を執る自由主義経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク(1899-1992)を訪ねたことです。そこで彼はハイエクからこう助言を受けたのです。
 

政治家になるのではなく、知識を持つ人々と交わりなさい。その知識を広げて人々に影響を与えなさい。

こうしてハイエクの助言を受けたフィッシャーは、まずハイエクの著書を出版することで知識を普及させようとします。そして、1949年にもう一人の重要な人物と出会うことになります。それが、セント・アンドルーズ大学で政治経済学の講師をしていた経済学者ラルフ・ハリス(後のハイ・クロスのハリス男爵、1924-2006)です。

1955年、フィッシャーはイギリスのロンドンにおいてある研究機関を設立します。研究と知識の普及を両立させた智慧と行動の組織、それが最初のシンクタンクであり現在もなお活動している経済問題研究所(Institute of Economic Affairs, IEA)です。

ラルフ・ハリスはこの経済問題研究所の責任者を1957年から1988年までの31年間、務めることになった他、フィッシャーの意を汲んで、世界各地でシンクタンクの設立に尽力します。

経済問題研究所が画期的であったのは、そのミッションもさることながら、確固たるポリシーがあったことです。

The IEA is the UK's original free-market think-tank, founded in 1955. Our mission is to improve understanding of the fundamental institutions of a free society by analysing and expounding the role of markets in solving economic and social problems.

経済問題研究所はイギリスにおける最初の自由市場シンクタンクとして1955年に設立された。我々のミッションは、経済及び社会問題の解決に果たす市場の役割を分析・解説することにより自由社会の基本的な仕組みを理解することを助けることである。

(中略)

The IEA is an educational charity (No CC 235 351) and independent research institute limited by guarantee. Ideas and policies produced by the Institute are freely available from our website for any individual or organisation to adopt, but we do not “sell” policy. 

経済問題研究所は限定的な保証を受けた教育慈善団体であり、独立した研究所である。研究所により作り出されたアイデアと政策は、どのような個人または組織でも採用することができるように、私達のウェブサイトから自由に入手可能であるが、私達は政策を「売る」ことはしない。

About Us
IEAのホームページより

このように、「非営利」であり「独立している」点を明記したことです。アメリカのシンクタンクなどが政治任用などで人材を比較的柔軟に運用することに対して、経済問題研究所はそのようなことをせず、独立を標榜したことが画期的であったのです。

ちなみに経済問題研究所の収入源は寄付収入と書籍などの販売によって賄われています。

フィッシャーは、このイギリスでの活動から経験を蓄積し、1974年にカナダのバンクーバーにフレイザー研究所(Fraser Institute)を創設します。

フレイザー研究所が経済問題研究所と異なる点は、あらゆる指標を計量的に表現し、わかりやすく人々に伝えることを得意としているという点にあります。フレイザー研究所は「Economic Freedom of the World(世界における経済的自由)」をなどの指標を発表しています。

フィッシャーは1979年、カリフォルニア州サンフランシスコにパシフィック・リサーチ・インステイチュート(PRI)を設立します。また、この他にいくつかのシンクタンクを共同設立者として設立しています。

こうして多数のシンクタンクの創設と運営にかかわってきたフィッシャーは1981年、シンクタンクを生み出すシンクタンクという画期的な組織を設立します。それが、ワシントンDCに拠点を置くアトラス・ネットワークです。

アトラス・ネットワークは、これまで一国が活動範囲であったシンクタンクの概念を発展させて、世界的な活動を可能にしたことと、スタートアップ・プログラムを含めた豊富なカリキュラムを実施することで、各国においてシンクタンクを設立する支援をしていることが画期的であると言えます。

私もインドにおいて、アトラス・ネットワークのスタートアップ・プログラムを受講していますが、非常に参考になる実践的なプログラムになっています。

フィッシャーは1988年に亡くなる直前にナイトの称号を与えられます。

 

■フィッシャーの遺産


現在、フィッシャーの遺産とも言うべきシンクタンクは、世界中に300を超えています。

シンクタンクは、人々に自由主義を伝える・政策をより自由主義に近づけるための智慧(Think)と、実際に戦車のように行動していく(Tank)という意味があります。

経済問題研究所が一定の政治的成果を得たのは、設立から24年後の1979年、マーガレット・サッチャー政権の誕生であるといっていいでしょう。

今も多くのシンクタンクが、人々に自由をもたらすために様々な活動を続けています。そうした活動をこれからもThe New Standardを通じて伝えられればと思います。
 

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