2017/05/12    10:50

アルベルト・フジモリ元大統領の恩赦は実現するか

1996年12月、リマの日本大使館がテロ組織によって占拠された事件から、今年で21年目を迎えることになる。占拠から127日経過して最終的に残った72日人の人質が解放されたのは、翌年4月22日のことであった。

日本の精神を理解できる当時のフジモリ大統領を説得して人道的に解決する方法を日本政府は選ばせた。あの時、日本人の精神を理解できないペルー人が大統領であったならば、恐らく日本政府の要望は無視されて、短期の解決を選んだであろう。

そのフジモリ元大統領が現在ペルーで禁固25年の刑に服しているが、最近になって、フジモリ元大統領の恩赦の可能性が高くなりつつある。恩赦の申請はこれまで数度行われた。しかし、世論の意見を配慮する歴代大統領は、これまでそれを却下している。

昨年の大統領選挙でケイコ・フジモリと接戦の末、得票率の差が1%以内という僅差で大統領に就任したペドロ・パブロ・クチンスキーは4月に入って、フジモリ元大統領の恩赦を口にするようになっている。彼の見解は「(ペルーの)社会がもっと団結する為には、過去のしがらみを切り離す必要がある。それは一人の人物にだけ特別に法を適用するという意味ではない。ある一定の条件にある人たちを対象に適用できる一般的な立法でなければならない」と述べたのである(LA NACION)。

クチンスキー大統領のこの発言を導く要因となったのは、その数日前にカルロス・ブルセ議員が記者からの質問に答えて、「私だったら、アルベルト・フジモリに恩赦を与えるつもりだ。過去の怨念に捉われているべきではない」と述べたことであった。同氏は2000年に当時のフジモリ大統領を失脚させる為に積極的に活動した人物であった。その彼でさえ、フジモリ氏の恩赦に賛成する姿勢を示しているのである(LA NACION)。

クチンスキー大統領が、フジモリ元大統領の恩赦について関心を示しているのは、ケイコ・フジモリ氏が率いる「人民勢力党(Fuerza Popular))が73議席をもっており、定員130議席の議会で過半数を維持しているという背景もある。彼女の政党の支持なくして、いかなる政策も議会で承認を得ることが出来ない状況だからである。しかも、クチンスキー大統領の「変革の為のペルー国民党(PPK))」は18議席しかもっていない。
つい最近も、ペルーを襲った水害に対しての復興費及びその作業についての対策案に、人民勢力党の支持なくして、いかなる対処もできないでいる。

アルベルト・フジモリ元大統領は現在78歳、既に10年服役している。首都リマ郊外の警察管轄の施設で収監している。健康状態はデリケートで高血圧、しかも舌ガンで6度も手術している。最近は椎間板ヘルニアと出血を伴う胃の炎症で入退院を繰り返しているという。
オリャラ・ウマラ前大統領が2013年に申請された恩赦を却下したのが今のところ最後である。昨年末にフジモリ氏はこれ以上、恩赦についての申請はしないようにと彼の支持者に表明したという。

また、フジモリ氏の家族も政治的影響力を行使して父親の恩赦を手にするということは公に否定している。また、ケイコ・フジモリ氏は昨年の大統領選挙中も、「大統領になっても父親の恩赦は実行しない」と述べていた。

フェルナンド・ザバラ官房長官は、政府は、水害による復興対策の議会での承認を得る為に、フジモリ氏の恩赦と引き換えに交渉しているのではないと否定している。しかし、同氏は恩赦については「収監している75歳以上の服役者を対象にする。その上で、病気を患っている、或いは健康上において安静が必要とされている」という条件付きの釈放を政府のイニシアティブとして検討しているという発言を最近行っている(EL PAIS)。

アルベルト・フジモリ氏が恩赦を受けると、ケイコ氏にとっては都合が良くない、と指摘するのは政治マーケティングのコンサルタントVox Populiのルイス・ベナベンテである。恩赦を受けたアルベルト・フジモリ氏が次回の大統領選挙の候補者になるかもしれないからだというのが理由だ。あるいは、同氏は、アルベルト・フジモリ氏は末っ子のケンジ氏を支援するかもしれないと予測している。ケンジ氏は昨年の大統領選挙と同時に実施された議会選挙で歴代最高の得票数を記録している。

しかも現在、クチンスキー政権とのパイプ役になっているのはケンジ氏の方である。ケンジ氏は昨年のケイコ氏の大統領選挙戦中も「姉が負ければ、今度は自分が立候補する」といった発言もしていた。ケイコ氏もこれまで2度敗退していることから、3度目を挑戦するということは、いささか難しいように思える。

アルベルト・フジモリ氏は日本を頼って亡命の為に訪日したことがある。しかし、日本政府は当時のペルー政府からの圧力はもちろんのこと、フジモリの崩壊を望んだ米国もペルーに味方して、日本政府に対しフジモリ氏の国外への退去を勧めた。

その後、彼が掴んでいた情報を頼りに2005年11月にチリを訪問した。しかし、チリ当局は、彼が全く予期しなかった身柄を拘束するという手段を取ったのであった。その後は、現在まで犯罪者としての罪状を背負う運命にされたのであった。
激動の人生を歩んできた78歳の元大統領は、監獄から出て余生を送ることができるだろうか。

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